〈捜査一課への挑戦状〉

「狐が兎の悲鳴を聞きつけたとき、奴は飛んでやって来る……だが、決して善意からではない」

—— トーマス・ハリス 『ハンニバル』


作者拍攝


i 〈山田氏の死〉

実業家の山田氏が、日曜日の夜八時頃、残忍な手口で殺害された。事件現場は中目黒に佇む彼の邸宅である。当時、屋敷にいたのは被害者のほかに、山田夫人、料理人、執事、お手伝い、そして庭師の六人であった。執事からの通報を受けた警視庁捜查一課は、直ちに現場を封鎖。死亡推定時刻の確認を進めると同時に、全員に対し事件発生時のアリバイを尋ねた。

a. 山田夫人(66) 哀しみに暮れながらこう語った。「カモミールティーを飲んだ後、一階の暖炉のそばで推理小説を読んでおりましたの。大変素晴らしい豪門殺人のストーリーでして、つい夢中になってしまい……夫が二階の書斎で死んでいるとは夢にも思いませんでした。あの紅茶はセイロンからの高級輸入品でして、普段は来客用にお出しするものですから、夫が自分で飲むことは滅多にございませんのよ」

b. 料理人(30) 目を真っ赤に腫らして語った。「山田様は私の命の恩人であり、心から尊敬する人生の先輩でした。海外出張の際にも、いつも私を連れて行ってくださったほどです。夕食のグリーンカレーとエビミソのキャベツ炒めは、ご主人様の一番の大好物でした。そういえば……今夜、執事さんが何度も厨房を行き来していました。スーパーで買ってきた調味粉が口に合わなかったらしく、調理台の横でずっと身振り手振りで文句を言っておられたのです」

c. 執事(60) 淡々とした口調で語った。「山田様とは二十年来の付き合いで、何でも話せる間柄でした。今夜は明朝届く浴室修理業者の件をご報告にあがろうとしたのですが……まさか息絶えておられるとは。ですが、ご主人様が温かい紅茶をお飲みになるとは知りませんでしたな。本来なら夕食後は私が直々にウイスキー『山崎』のストレートをご用意する手筈でしたから。料理人が『お体を温めるお茶は安眠に良い』と勧めたそうですが、まあ一理ありますな」

d. お手伝い(42) 白い布を被せられ、物言わぬ姿となった主人を見つめ、静かにため息をついた。「厨房で使い終わった食器や鍋を洗っておりまして、今日の仕事もそろそろ終わりという時に、この悲報を聞きました。いつもお使いのウイスキーグラスは今夜も酒棚に残されたままでした。執事さんから『厨房から温かい紅茶をお部屋へ運ぶように』と指示されたのです。少し解せない気もいたしましたが、特段おかしな様子もございませんでした」

e. 庭師(59) 声を荒げて言った。「夕食の後は温室で雑用をしてたんだよ。もうすぐ年越しだからな、大掃除の準備さ。二階の書斎で何があったかなんてさっぱり分からねえよ。ただ……噂じゃ山田の旦那、最近の家計支出の膨らみに疑問を持っててな、第三者の会計士を呼んで監査させるつもりだったらしい。ここ数日の話だよ」

一課の捜査員は関係者の聴取を終えると、監察医の初見メモに目を通し、まもなく容疑者を逮捕した。

山田氏(72)の死因は、シアン化カリウム(青酸カリ)中毒であった。

【読者への挑戦】(中学生レベルの推理)

  1. 犯人は誰か?

  2. 犯罪の手口はどのようなものか?

ii 〈捜査一課への挑戦状〉

山田氏殺害の「容疑者」をパトカーに乗せ送った後、一課の捜査員は親しい事件記者たちに向き直り、報道内容への配慮を求めた。上層部が求めるのは検挙率だけではない。年の瀬も押し迫る中、「治安悪化」などという印象を先進国の先進都市につけるわけにはいかないのだ。

室内では、高めに設定された暖房がどこか圧迫感を放っていた。白髪交じりの男が黒いネクタイを外し、深く息を吐きながら厨房へと歩を進めた。「水をくれ」

もう一人の男、少しサイズの小さな白いシャツを着た大柄な男も、大股で歩み寄ってきた。

「ふぅ、今夜は本当に長い夜になりそうですね」

「ええ。この後は奥様と通夜や葬儀の日程を話し合わなければなりません。会社の若い専務たちも合流する予定ですが、応対だけでも一苦労ですよ。特に……あの人がいなくなっては」

「お察ししますよ」大柄な男の脳裏に浮かんでいたのは、後継者争いの二文字だった。

「刑事さん、お冷でもお持ちしましょうか?」

答えを待たず、執事の本多は白い食器棚から客用と思われる精巧なクリスタルグラスを取り出し、冷蔵庫のミネラルウォーターを注いだ。そして自分は、先ほど鑑識が終わったばかりの調理台から、迷わずコバルトブルーのマクカップを取り出し、同じように水を注いだ。

「これは山田さんの会社が輸入している火山岩ミネラルウォーターですか? なかなか良い味わいだ」

「お褒めいただき恐縮です。ええ、社員五人の小さな貿易会社兼倉庫から出発した頃から、ご主人様は世界各国の高級ミネラルウォーターを独占輸入してまいりました。採水地を知るために自ら南米やオーストラリアまで飛んだことも……ハァ、あれほど情熱的な起業家が、まさかこんなお姿に……」

本多は声を詰まらせ、青い絹のハンカチをテーブルに置くと、自らも水を一口含んだ。

「ん? なに……これ……おぐっ……!」

捜査員が事態を把握する間もなく、執事は重心を崩し、厨房のハイチェアから大理石の床へと激しく崩れ落ちた。鈍い音が響く。助けを求めるような切迫した眼光は三十秒と持たず、瞬く間に執事は主人を追って旅立った。恐怖と困惑の表情だけを残し、一言の遺言も残さずに。

異変を感じた捜査員たちが一斉に厨房へ駆けつける。本多は仰向けに倒れ、両目を開けたまま固まっていた。その傍らにしゃがみ込んでいたのは鹿島警部だった。熟練の手つきと悔しさを滲ませた眼差しで、死者の最後の証言を汲み取ろうとしていた……

「アーモンド臭……本多さんも毒殺されたか」

「そんな!? あり得ません! 鹿島先輩、さっき『容疑者』は連行されたはずじゃ……」

お手伝いの薫子が休養室から顔を出し、厨房の入り口で本多の遺体を目にするや否や、「キャッ!」と悲鳴を上げ、倒れ込むように気を失った。

「一課への挑戦状だな……」鹿島は立ち上がり、苦笑いを浮かべながら白い手袋をはめた。マグカップを鋭い視線で見つめ、フチや取っ手の周りを丹念に観察する。「待てよ……これは何だ?」

長年の使用でかすれてはいたが、「H.Y」の金文字筆記体が確かに読み取れた。本多の専用マグカップだ。鹿島は呟いた。「計画殺人か? 標的を絞った殺人なのか?」

「屋敷にいる関係者全員を今すぐリビングに集めろ! 『第二の犯人』が現れた……いや、おそらく『真の単独犯』はまだこの家にいる! 急げ!」

【関係者の証言】

a. 「もう何と言っていいか……本多君は主人の長年の親友で、何でも話せる間柄でした。会社の決定も彼と一緒に下していたほどです。彩夏さんを主人に推薦したのも彼でしたわ。洋食店から引き抜いてきたとか。でも、その二人がこんなことに……『犯人』が誰なのか、私にはさっぱり分かりません」

b. 「もう帰ってもいいですか? 誰が『犯人』かなんて聞かないでください。僕にはアリバイがあるんですからね! ア・リ・バ・イ! 僕はサスペンスドラマの登場人物じゃない! クソッ! 犯人を捕まえるのは警察の仕事だろ!」

c. 「私は無実です! 本当に無実なんです! 私が山田様を敬愛していたのは経営者としてだけではありません。男女としても真剣にお付き合いしていました……ええ、愛していましたし、今でも愛しています! 私が『犯人』ですって? どうして洋子夫人を疑わないのですか!? 彼女は私と山田様の関係を知っていながら静観していたのですよ。私を陥れる機会を狙って山田様を殺したのではないですか!? 私は無実です!」

d. 「『コバルトブルー』のマグカップは本多さんのものです。金文字が入っていますから間違いありません。よくコーヒーを入れて差し上げていましたから。彩夏さんも本多さんも良い人でしたわ。お二人とも愛知の出身で、本多さんが銀座の『カレイドスコープ』というバーから彼女を連れてきたのです。料理の腕は抜群で仕事も熱心でした。主人の私生活に口出しなんてしませんよ、仕事には関係ありませんもの。……山田様のマグカップですか? ええ、書斎にあった『群青色(ウルトラマリン)』のものですわ。とても珍しい深い青色で、主人が朝コーヒーを飲む時に使っておられました。本多さんが間違えた? うーん……薄暗い場所なら、あるいは……」

e. 「この質問に答えたら帰してくれますか? 分かることなら何でも話しますよ。洋子奥様にはとても良くしていただいてね。学のない私を嫌がらず、温室で一緒に花の手入れをしながら家族の話を聞いてくださるんです。奥様は植物の育成にも詳しくてね、お父様が何でも……『石井軍医』とおっしゃったかな。石井四郎中将がハルビンにおられた頃の優秀な部下だったとか……本当ですよ? え、皆さんは石井中将をご存知なのですか? そうだ、三日前に奥様に頼まれて、青山にあるお兄様の河島教授の研究所まで荷物を取りに行きましたよ。『東大が開発した最新の生化学有機肥料』だと聞いています。……ええ、見た目は砂糖に似ていましたね。荷物がどこにあるかって? 温室にはありませんよ……奥様に聞いてみたらどうです?」

f. 「『解せない』点についてもっと詳しく……ですか。そうですね、あの時、洋子奥様と本多さんと彩夏さんが調理台のところで明日の昼食の献立を話し合っておられました。大切な来客があるとかで。それで彩夏さんがご主人様に温かいお茶をお勧めしたのです。私が調理台を片付け、紅茶を二階へ運ぼうとした時、厨房を出ておられた奥様が暖炉の方から戻られて『頭が痛いからカモミールティーを淹れてちょうだい』とおっしゃいました。『解せない』というのは……私が紅茶を暖炉の脇のサイドテーブルに一時的に置き、奥様が椅子に戻って小説をお読みになっていたことでしょうか。目を離した時間? 私を疑っておられるのですか!? お湯を沸かすのに五分ほどかかりますから……本ですか? 『点と線』ですよ! ビートたけしさんのドラマで見たのでよく覚えています」

g. 「山田洋子夫人は旧姓を『河島』とおっしゃいます。もしや……かつて関東軍防疫給水部第二課で毒物検査を主導していた、河島三徳少佐のご令嬢では……?」

h. 「私は無実です! 何度言えば分かるのですか! 私は誰も殺していません!」

鹿島警部は、まるで貴重な骨董品でも扱うかのように銀色の手錠の鍵を開けた。彼の目の前に広げられているのは、関係者の証言リストと……暖炉の中で燃やされかけていた「河島研究所」の領収書であった。そこに記された専門用語は、山田氏と本多氏を襲った悲劇の霧を晴らすのに十分であった。

「全員を集めてくれ……」

【読者への挑戦】(高校生レベルの推理)

  1. 犯人は誰か?

  2. 犯罪の手手口はどのようなものか?

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